わたしが小学生だった1960年頃、日本人の平均寿命は68歳、3人に2人は高血圧が原因の脳卒中で亡くなっていました。生き残った3人に1人も寝たきりや手足に麻痺を抱えながら杖をついて歩いていた姿がわたしの目に焼き付いています。当時も今も高血圧治療の目標はまず脳卒中の予防ですが、当時、有効な降圧薬はなかったのです。その後、1990年代から血圧を十分に下げられる薬が次々と開発され、2005年から収縮期血圧135mmHg以下に下げられる時代となりました。その結果、脳卒中による死亡を40年前の10分の1まで下げることに成功し、国民的な悲願だった脳卒中の予防をほぼ達成したのです。
ところが、脳卒中と癌を生き延び80歳を超えると心不全が頻発するようになりました。心臓は一日10万回も拍動します。それが80年間に29億回も打つのですからさすがにばててくるのです。そして病院の循環器病棟は高齢者の心不全で埋め尽くされる時代となっています。心不全は心臓の成れの果て、末期がんとよく似ており根本的な治療法はありません。
しかし最近、中年期から収縮期血圧を120台に下げると、将来の心不全発症を30%も減らせるという研究が欧米や中国から発表されました。それを受けて2019年日本高血圧学会の目標値も修正になり、当院も135以下から125へ目標値を変更します。
《灰本クリニックの目標値》
75歳未満 収縮期血圧125 mmHg
75歳以上 135 mmHg
血圧を125まで下げるとしばしば110台に下がります。75歳以上の高齢者では筋力が落ちたりバランスが鈍くなっているので、110台まで下げ過ぎるとふらつきや転倒が発症しやすくなります。75歳以上では収縮期血圧135を目標とします。
当院では月に一回の外来で測定する外来血圧を治療に使っていません。病院の外来血圧は緊張した状況で測定するので、本来の血圧値より高い数値になります。それに月にたった1回の血圧測定では血圧の全体像は見えません。脳卒中の8割は早朝起床前後1時間に発症します。起床後30分の早朝血圧を下げることによって脳卒中を予防できるのですが、早朝血圧を知るには家庭血圧測定しか方法はありません。そのような理由から外来血圧を治療しても将来の脳卒中を予防できないのです。
当院には現在1900人の高血圧患者が通院しており、ほぼ全例が家庭血圧をつけています。
家庭血圧は日内、月内の血圧変動の全体像をみることができます。それを見ながら薬を増減します。家庭血圧の測定方法は①朝起きて30分後の血圧(早朝血圧)と②夕方~夜の血圧を毎日測定し、血圧手帳に記録するだけです。その注意点を下の図1にまとめました。
最初に処方された降圧薬をずっと変更せずに服薬している患者さんがいますが、それは間違いです。わたしも降圧薬を服薬していますが、冬になると夏の倍量に増えます。冬には血圧が夏に比べて20 mmHgも上がるからです。気温が下がると血圧は上がり、気温が上がると下がります。その他、不眠、ストレス、体重増加などで血圧はかなり変動するので、それに応じて降圧薬の種類も量もこまめな変更が必要です。
とくに早朝血圧は寒くなると高くなるので冬には寝る前にも薬を追加します。下の図2の血圧手帳をみると、早朝血圧は高く夜の血圧は下がっており、それを線で結ぶと”ぎざぎざ”タイプとなります。これを服薬時間と量の調整によって”ぎざぎざ”から平坦な120代にするのが正確な血圧治療です。
図1
図2
一年365日、朝から夜までしっかり下げるのが当院の治療法です。それを確認するのが重さ200g、タバコ1箱の大きさの24時間自動血圧測定装置(ABPMといいます)です。体に装着すると30分に1回自動的に測定します。家庭血圧計では測定できない夜中(下図の灰色)や仕事中の血圧も知ることができるので一ランク上の脳梗塞・出血の予防を実現できます。